マニキュアは個人の自由であり、完全なる趣味である。
じゃあ、なぜマニキュアを塗るのかという話。
社会学的に言えば、呪術の名残で、アクセサリーのように身につけるものではなく、身体に装飾を施すタイプのもので・・・なんて話は今は野暮で、人間が生活していく中でに爪先に色がのっていることはどういうことなのかという話。
ところで、私はファッションや美容にあまりお金をかける方ではない。
私にとってファッションや美容は、
誰かに会う際のマナーであり、自宅の扉から一歩外に出た瞬間からの鎧である。
化粧ノリが良いほど相手に会う際のマナー(準備)は上出来で、上等なものを身につけるほど防御力が高くなる。
この理論をマニキュアにも当てはめると、マニキュアをしていることは別に相手へのマナーでもなさそうであるし、上等なものといってもマニキュアにかかるコストは知れているのでそれほど防御力も高くない。
じゃあマニキュアは何なのか。
ちょっとこの文章を読んでほしい。私がつらつら書くよりもよっぽど説得力があって腑に落ちる。
肌が一番にのバロメーターではあるのだけれど、肌と同等に「その人の状態」を示すのが「爪」なのだ。例えば、すっぴんでいわゆるボロボロ状態の女友だちでも、ふと目についた爪がちゃんとしていれば「ああ、基本この人は自分というものにまだ意識を持っているのだ」という感想を持つのよね。
爪みたいなちっちゃなところから、そういう瞬間とか自信とか余裕ってあんがいやってくるものなのだ。これは本当。
そう、私にとって爪先に色がのっていることは、
マナーだとか鎧だとかではなく、自分自身の余裕を表すバロメーターみたいなものである。
相手が私の爪先を見ることよりも、パソコンやスマホを触る時にふと目に入る色がのった爪先が、シャワーを浴びながら爪先に見える水滴が、私に余裕があることを教えてくれるのだ。
こうして書くと大仰に聞こえるけれど、別に大層な効果はなくて、ただちょっとした余裕や朗らかさみたいなものがチャージされるだけである。でも、その小さなチャージがあることはすごく気持ちが落ち着く。
女として楽しんでいるとかではなく、人間として余裕を感じているみたいな。
男の人もマニキュアをして、ふとした瞬間に色がのった爪先が視界に入って笑顔になれたらいいけど、マア今のところそうはならなさそうである。ということで、まだしばらく女の特権みたいなものとして、爪先に色をのせることを楽しもうと思う。
マニキュアについての蛇足
- パラドゥはマジで優秀。不器用な私でもパラドゥならどうにか塗れる。
- 寒色系より暖色系か透明のほうがミスが目立たない。
- 暖色系の中でも、白色っぽいピンクより肌の色に近いピンクのほうがミスが目立たない。
- トップコートはセルフネイルの寿命を伸ばす。
- でもセルフネイルの寿命なんて知れているので、3日ももったら充分。さっさと落としたほうが良い。爪の根本が見えてきたなあとか爪先がちょっと欠けてしまった・・・というのが視界に入るとテンションが下がる。