地震があった。ずいぶんと揺れた。
震度5までは体感したことがあったけど、6は初体験で、もちろんのこと5よりも激しかった。

私は大学受験のときに地球科学学群と、スペイン語学科と、社会学部を受験したので、まあ、地学のことは好きな方で中でも地震の分野に興味があった。
それは、私の地元が東南海地震ドンピシャのエリアであることや、祖父母がチリ津波を経験していたことが大きいと思う。地震があれば地学の教科書のプレートが詳しく載っているページを広げて、震源地と照らせあわせたりしていた。
結局、社会学があるところに進学したので地震の勉強はもうしていないのだけど、当日揺れている最中、「地震の勉強したって、止められるわけがないのかぁ」ってなぜかぼんやりと考えた。
近年、予測は不可能だから発生後数秒を生き延びる方法を!という風潮にはなっているので当然のことなのですが、それでもいざ体感すると改めて無力さを感じた。

でも、それだけ無力なことを実感しながらも、「地震大丈夫!?」って即座に連絡をくれたことにどれだけ安心させられたか。こちらは無力とみせかけてすごく有効。
遠くから近くから、こちらを心配してくれているのがすぐに伝わるというのはなんとも心強いです。ありがとう。

ベット横の押し入れにプラスチックの衣装ケースを3段重ねに入れてあった。
押入れの扉(襖)を閉めているときもあれば開けているときもあった。
地震の日は開けっ放しにしてあるときで、揺れが終わってから押し入れのほうをみたら、一番上の衣装ケースがこちらへ落ちようとしていた。あと5センチくらい前にでていたらそのまま私の上半身に落ちてきていただろう。重くないとはいえ、結構なトラウマになるんじゃないかな。セーフ。
あとはベランダの植木鉢とか、本棚の本とか、洗面所の化粧水とか、お風呂場のシャンプーとか、靴箱の上に置いてあったものとか。
ライフライン含めて、実害はそれほどないけど、精神的には結構クるものがあった。
逆にこれほど揺れても被害はこれくらいに収まることに安堵するというのもあっては良いと思うけど、まあそんなうまいことはいかない。

地震が起こって、オセロみたいに、すべてが白から黒へと反転した感じ。日常から非日常へ。
それを、例えば、スーパーへ行くこととか電車に乗るなどして、ひとつずつ、黒から白へとひっくり返していく作業をしている感じ。非日常から日常へ戻す感じ。
でも、また震度3やら4の地震があって、黒色に反転してしまう。そしてまた、スーパーへ行くなどして、「そうそう、スーパーへ行くということ。これが普通。大丈夫。」って自分に言い聞かせながら白色に戻す。
そんなにヤワじゃないとは思うけど、でもまあ緊張はする。もうちょっとしたら落ち着くと思うけど、ゆめゆめ油断なさるな。
地震雷火事おやじ、なんてうまいこと言ったものである。




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